大学生時代の後輩のブログにこんなのがあって。
http://www.mikakitamura.com/
→「blog」→『2:56』
「過去を振り返ったり懐かしむのに、若すぎるとか、あるのか」
あるの?ないでしょ。ないでしょ?
『振り返るには、あまりにも何も失っていない』だってぇ?
誰が言ったか知らないが(空耳アワー)、そんなことはないと思うな僕は。
きっと年をとった人にでも言われたんだろね、もちろん年をとった人に比べて、まだ年をとっていない人は得たものも少なければ失ったものも少ないでしょう。失ったものが多ければさぞかし感慨も深いんでしょう。だけどさ、振り返るのに過去が少なすぎるなんてことはないと思う。正確にいえば、若い人の過去の量じゃ、年をとった人が振り返るには、そりゃ、足りないんだろうけど、若い人にはそれで充分足りるんだってことで。『振り返るには、あまりにも何も失っていない』なんて台詞は年をとったひとの“ヒズセルフものさし”が、自分以外の人にもあてはまると勝手に思ってしまっているいい例だと思ったのよね。
ちょっと、ちゃんと、言います。
人生を、産まれたことをスタートとして死ぬゴールまで、ずっと遠くまでまっすぐ歩いて行くことに例えるのなら、今ある若者が立っている地点はもっと年とった大人の誰かにとっちゃまだまだ全然進んでないけど、その子にとってはいま立っているところが、これまでで、いっちばーん遠くまで進んできた地点なんだ。だから胸を張って今まで歩いた道のりを振り返っていい。これはもう、絶対に、イイんだ!
例えば、よく大人のひとがこどもたちをみて、「きみたちはまだ、本当の恋愛をしらない」みたいなこと言ったりするじゃん。それもさ、僕にはどうもひっかかる。あんたが“知ってる”恋愛だって本物か?って。僕らは僕らで今思っている恋愛が本物だと思って必死になったり振り回されたりしてる。そんな若者に対して大人が「年をとったら本物が分かる」って言うのなら、言ってるあんたが思ってる“本物の恋愛”だって、もっと年をとったら偽物だったと思うのかもしれないじゃん。ってさ。きっと年をとれば若かった頃の恋愛なんか、なんて青臭かったんだろう、って思うんだろうと思う、けど、そんなの言ってたらキリないじゃん。今“本物”だと思っているものが、その人にとっては絶対的に本物なの。そこいらへんの女子高生も下北沢の大学生も日本橋のリーマンもそこのオッサンもオバサンも、みんなその人の人生の中では今が一番経験を積んだオトナなの。例えば女子高生たちをみてガキだバカだって言うけれど、あの子たち自身にとっては、今の自分が、人生の中で一番成長した自分なんだ。オッサンやオバサンにくらべりゃそりゃ何も失ってない薄っぺらい人生かもしれないけど、そもそもオッサンが抱えてる過去や人生と、高校生が抱えてる過去や人生を混同しちゃいけない。土俵がちがうのね。
だから言い直そう。ハイみなさん。声も高らかに。歌おう、ほがらに。
『振り返るには、あまりにも何も失っていない』、なぁんてことは、ありえなあぁい。堂々と懐かしもうぜ。いえい。




僕はこのテの話になるとどうも熱くなってしまうんですが、ピルクル飲んだら忘れちまいました。
いい展示になるといいね。
http://www.mikakitamura.com/news01.html